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ep13 吸血姫

Auteur: 根上真気
last update Dernière mise à jour: 2025-04-07 07:01:06

「それ以来、ディリアス様は入室を許してくださいました。それも理由があってのことではありますが。そうして私の心は......その日から王女殿下の美しい寝顔を見ることにより、平穏さを保つようになったのです」

......語り終えたエミルは、もう死んでもいいとでも言いたげに、感極まっていた。

夜空には煌々と満月が浮かび、数えきれない星々が瞬いている。

夜風がリザレリスの頬をそっと撫でた。その時、風に飛ばされたしずくがきらめいた。

「お、王女殿下!?」

エミルは、ハッとする。リザレリスの頬に一筋の涙が光っていたから。

「あ、あれ?」

リザレリスは頬をぬぐう。自分でも気づかなかった。ただ、ひどく悲しい映画を観た直後のような脱力感に満たされていた。

遊び人だった前世の人格にも、このような感受性は備わっていた。むしろ案外涙もろいところもあった。なので、エミルの話は少々刺激が強過ぎたのかもしれない。

「も、申し訳ございません。私がつまらない話を長々としたばかりに。つい王女殿下の前で舞い上がり過ぎてしまいました」

どうして良いかわからず、エミルは深々と頭を下げた。まさか自分ごときの話に、王女殿下が涙を流されるわけがない。そうだ。眠くなっただけだーー。自らに言い聞かせるようにエミルは思い込んだ。 

「べ、別に、謝ることじゃないけど......」そう言いながらリザレリスは、感想の言葉が見つからなかった。

目の前の美少年に比べて、前世の自分は遥かに平和で恵まれた人生を送ってきた。最後の最後で刺殺されたのも、馬鹿な自分の自業自得に過ぎない。そう思えば思うほど、恥ずかしくさえなる。

「な、なんというか......」

エミル・グレーアムが大変な人生を歩んできたということはよくわかった。それでもリザレリスには理解ができない。ひとりの女をそんなふうに想うという気持ちが。ましてや話したことすらない眠り姫にそこまで入れこむ気持ちが。

そこまで辛い思いをしてきた男の心を、眠っているだけの女が癒せるのか?コイツ大丈夫なのか?痛いヤツなのか?そうも思ってしまう。

「......それは、ひと目惚れっていうか、恋なのか?それとも、そういう類のものとはまた別のものなのか?」

リザレリスはエミルに問いかける。

「そう...ですね」

言葉を探すが、エミルは見つけられない。ただ、彼自身に確実にわかっているのは、この上もない喜びだった。

「......わたしは、こうして王女殿下とお話ができて、至上の幸福を味わっております」

「なんだよそれ」

リザレリスはエミルから視線を外すと、再び手すりに腕を乗せて夜景を眺める。

「まあでも、おまえが色々苦労してきたってのはよくわかったよ。本当に大変だったんだな。ここまでよく頑張ってきたよな。マジですごいと思う」

「もったいないお言葉でございます」エミルもリザレリスの隣につき、同じように夜景を眺めた。

「あと、おまえが悪い奴ではないんだろうなってこともよくわかった」

「そう...なのでしょうか」

「でもさ」

「?」

「本当にわたしがおまえの血を吸いたくなったらどうすんだ?」

おもむろにリザレリスはエミルに顔を向けた。金色の髪の毛が頬にかかる彼女の美しい顔が、エミルの瞳に映る。

「そのときは、喜んでこの身を捧げます。私は王女殿下のための生け贄ですから」

エミルには何の迷いもなく、義務感もなかった。心の底からそう思っていた。それは物事を深く考えないリザレリスにもしっかり伝わっていた。

「じゃ、そうなったときはよろしく頼むわ」

リザレリスは悪戯っぽくニッと笑った。

「イエス・ユア・ハイネス(かしこまりました)」

エミルは改めて忠誠を誓った。

その時だった。突然、リザレリスの身に異変が起こる。

「うっ...??」

やにわにリザレリスは胸を押さえ、その場にしゃがみ込んでうずくまった。

自分でも理解できないリザレリスは混乱する。ーーこの腹の底から疼いてくるような衝動はなんだ?

「王女殿下!?」

焦ったエミルが膝をついて呼びかけると、リザレリスはぷるぷると震えながらゆっくり顔を起こす。次の瞬間、エミルは大きく目を見張った。リザレリスの様子が、尋常じゃなかったから。

白い頬を紅く染め、細く整った眉を八の字にし、口唇の間から荒い吐息を洩らしながら、言いようのない苦悶の表情を浮かべるリザレリス。何よりその紅い瞳が、生々しい熱情に燃えていた。

「ほ、ほしい......」

「お、王女殿下、大丈夫ですか!?」

「欲しい......!」

「王女殿下??」

リザレリスは、がばっとエミルを押し倒した。豹変した王女が生け贄の美少年に馬乗りになる。それでもリザレリスは、抑えきれない欲動に抗おうとしていた。

しかしすでに状況を理解したエミルは、優しい夜風のようにリザレリスの頬へ、そっと手を触れる。

「我慢なさらないでください。覚悟はできています。私はいつでも構いません」

そう言ってエミルは襟元を緩めると、美少年を裏切らない純潔な首元を露わにした。その瞬間、吸血姫の瞳孔が散大する。

「あ、あ、ああ......」

もはや抗うことは敵わなかった。リザレリスの小さな口が官能的にひらき、その牙が剥き出しになる。そうしてリザレリスの顔は、生け贄の美少年の首元に吸い込まれていった。

「ん、ん、ん......」

後頭部に月光を浴び、仰向けになった美少年の首元にかぶりつく彼女の姿は、誰がどう見ても吸血鬼以外の何者でもなかった。

エミルは血を吸われながらも、その身は歓喜と愛おしさに満ち溢れていた。彼女の頭を愛でるように撫で、華奢な体を折れるほど抱きしめたいーー。

そんな想いに身を焦がしながらも、エミルは生け贄らしく無抵抗に堪えていた。生け贄の美少年は、どこまでも紳士だった。

「あ、あれは......!」

その時、やっと屋上に彼らを見い出したディリアスが現場に駆けつけてくる。しかし彼は距離を空けたままで踏み止まった。邪魔をしてはいけない...と。

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